EMC試験の意味や試験内容を解説

私たちの身のまわりにある電子機器は、すべて何らかの形で電磁波を発しています。これらの電磁波が原因で、他の機器に誤動作を引き起こすことがあり、また逆に外部からの電磁波により自機の動作が不安定になることもあります。こうしたトラブルを未然に防ぐために行われるのがEMC試験です。

EMCとは電磁的両立性を意味し、機器が電磁環境の中で正常に動作するために必要な適合性を指します。本記事では、EMCの基本的な概念から試験の種類、対象製品、試験の流れ、そして設計段階での注意点までをわかりやすく解説します。これからEMC試験を受ける方や設計段階での対策を検討している方は、ぜひ参考にしてください。

EMCとは?

EMCとは「Electro-Magnetic Compatibility(電磁的両立性)」の略称で、電子機器が電磁環境下で適切に動作する能力を指します。現代の電子機器は、通信、制御、処理などの多様な機能を持ち、それぞれが電磁波を発しながら動作しています。そのため、機器が互いに悪影響を及ぼすことなく共存するためには、「電磁ノイズを出さない」「外部からのノイズに強い」といった特性が求められます。

EMCの考え方には大きく2つの側面があります。1つは、機器が発する不要な電磁波を抑えること(エミッション対策)、もう1つは、外部からの電磁波に対して誤動作しないようにすること(イミュニティ対策)です。この2つのバランスが取れてはじめて、機器は信頼性の高い動作を実現できます。

EMC試験は、こうした条件を満たしているかどうかを確認するために行われる評価プロセスです。市場に出回る多くの電子機器は、法規制や業界ガイドラインに従い、EMC試験をクリアする必要があります。製品の安全性や品質を確保するうえで、EMCへの適合は極めて重要な要素となっています。

EMI(エミッション)とEMS(イミュニティ)の違い

EMCを構成する中心的な要素として、「EMI(エミッション)」と「EMS(イミュニティ)」があります。どちらも電磁環境における性能評価に関わる用語ですが、それぞれ意味が異なります。EMIとは「Electro-Magnetic Interference」の略で、電子機器が外部に放出する不要な電磁ノイズ、つまり発する側の問題を表します。これには、放射エミッション(空中に放出されるノイズ)と、伝導エミッション(電源ラインや信号ラインを通じて伝わるノイズ)の2種類があります。

一方、EMSとは「Electro-Magnetic Susceptibility」の略で、外部からの電磁的な干渉に対して機器がどれだけ耐えられるかを示すものです。つまり“受ける側”の耐性を評価する観点です。EMS試験では、静電気放電試験や雷サージ試験、放射イミュニティ試験などが行われ、実際の電磁環境下での信頼性を確認します。

EMIとEMSは、どちらか一方だけを重視すればよいというものではありません。発するノイズを抑えることと、外部ノイズへの耐性を高めることは両輪であり、両方をバランスよく設計・対策することが、製品全体のEMC性能を高める鍵となります。

なぜEMC試験が必要なのか?

電子機器の普及が進む現代社会では、複数の機器が同時に稼働し、相互に電磁波の影響を受けることが日常的に起こります。こうした環境下で、機器が正しく動作し続けるためには、電磁ノイズへの対策が欠かせません。EMC試験は、製品が他機器に悪影響を与えず、また外部からの干渉にも耐えられるかを検証するものであり、安全性と市場適合性の両面から必要不可欠な試験といえます。

電磁ノイズによる誤動作・障害のリスク

電子機器が発する、あるいは受ける電磁ノイズは、製品の動作にさまざまな悪影響を及ぼします。たとえば、ノイズが原因で通信エラーが発生したり、表示が乱れたり、操作が効かなくなるといった誤動作が代表的です。軽度なものなら一時的な不調で済みますが、制御系や医療機器、車載機器といった重要な用途では、誤動作が直接的に人命や設備に関わる重大な障害を引き起こす可能性もあります。

電磁ノイズは目に見えないうえに、再現性が低い場合もあるため、問題の原因特定が難しく、設計段階での対策がとくに重要です。実際、試作品の段階で「動作はするが、他の機器に影響してしまう」「ある環境下でのみ誤動作する」といったトラブルが発覚するケースは少なくありません。

こうしたリスクを未然に防ぐために、EMC試験を通じてノイズの放出レベルや耐性を評価することは非常に効果的です。安全性の確保、機器間の共存性向上、トラブルの予防といった観点からも、EMC試験は製品開発の重要なステップといえます。

各国規制や市場要求に対応するための必須条件

EMC試験は単なる品質確認の一環ではなく、製品が市場に出るための法的・技術的な「通行証」としての役割を持ちます。世界各国には、それぞれ独自に定めたEMC規制が存在しており、製品を販売・輸出する際には、各地域の基準に適合していることを証明する必要があります。

たとえば、日本ではVCCI(情報処理装置等電波障害自主規制協議会)や電気用品安全法(PSEマーク)などがあり、一定の機器に対してEMC適合を求めています。欧州ではCEマーキング取得にEMC試験が必須であり、アメリカではFCC規格が存在します。これらに適合していなければ、製品を市場に投入することができず、違反した場合は販売停止やリコールなどの措置が取られることもあります。

大手の取引先企業では、自社の調達要件としてEMC適合を求めるケースも多く、製品の信頼性やビジネス継続性の観点からも欠かせない対応となっています。EMC試験は、国際的な信頼性の証明であり、製品の市場競争力を高めるうえでの重要な前提条件といえるでしょう。

EMC試験の分類と代表的な試験内容

EMC試験は、大きく「エミッション試験(EMI)」と「イミュニティ試験(EMS)」の2つに分類されます。前者は機器が外部に放出する電磁ノイズを測定し、後者は外部からの電磁的影響に対する機器の耐性を評価します。それぞれの試験には、いくつもの項目があり、製品の使用環境や用途に応じた試験が求められます。ここではまず、エミッション試験の内容を詳しく見ていきます。

エミッション試験

エミッション試験とは、電子機器が動作中にどの程度の電磁ノイズを外部に放出しているかを測定する試験です。この試験では、機器が他の装置や通信システムに悪影響を与えないことを確認することが目的となります。主に「放射エミッション」と「伝導エミッション」の2つに分類されます。

放射エミッションは、機器から空間を通じて放出される高周波ノイズを測定します。たとえば、ディスプレイ、スイッチング電源、マイコン制御機器などから発せられる電磁波が対象で、これが無線通信やテレビ・ラジオの受信を妨害する可能性があるため、規格で定められた基準値を超えないようにする必要があります。試験は一般に電波暗室やシールドルームで行われ、規定の距離・角度から測定されます。

伝導エミッションは、電源ラインや信号ケーブルを通じて外部に漏れ出すノイズを測定します。AC電源やUSBなどのケーブルを通じて他の機器にノイズが伝わることを防ぐため、専用の測定器(LISNなど)を用いて一定の周波数範囲内で確認します。

これらの試験によって、製品が周囲の環境に対して「迷惑をかけない機器」であるかどうかを判断することができます。市場投入前に適切な試験を通過することが、製品の信頼性と安全性を高める第一歩となります。

イミュニティ試験

イミュニティ試験とは、電子機器が外部から受ける電磁的なノイズや干渉に対して、どの程度安定して動作できるかを評価するための試験です。現代の使用環境では、周囲にある無線機器、モーター、電源装置などから多種多様なノイズが発生しており、製品がそれらに影響されずに機能を維持できるかどうかを確認する必要があります。イミュニティ性能は、製品の信頼性や安全性を確保するうえで非常に重要な要素です。

代表的な試験のひとつが静電気試験(ESD)です。これは、人の手や金属製の工具などが機器に触れた際に発生する静電気放電による影響を評価します。一定の電圧を機器に加えて、動作不良や誤作動が起こらないかを確認します。

雷サージ試験では、落雷や大型機器のスイッチング動作によって電源ラインに発生する一過性の高電圧(サージ)に対する耐性を確認します。電源回路や通信ポートにどれだけの保護機能があるかを検証する目的で行われます。

また、放射イミュニティ試験では、外部から空間を通じて届く高周波ノイズに対して機器がどの程度耐えられるかを測定します。たとえば、近くにある無線LAN機器やモバイル端末などからの干渉が該当します。

これらのイミュニティ試験によって、実際の使用環境において予期せぬ誤動作が発生しないかを事前に確認することができ、安全性と信頼性を担保した製品開発につながります。

どんな製品がEMC試験の対象になる?

EMC試験は、限られた特定用途の機器にのみ必要なものと思われがちですが、実際にはほぼすべての電子機器が対象となります。家庭用・業務用を問わず、電力や信号を扱う機器には、必ず何らかの電磁ノイズが関係しており、その適合性を確認する必要があります。EMCへの対応は、製品開発において避けては通れない重要な要素のひとつです。

電子機器全般が対象

EMC試験の対象となるのは、基本的に「電気または電子部品を含むすべての機器」です。具体的には、パソコン、プリンタ、ディスプレイ、スマートフォンといった情報機器はもちろん、冷蔵庫、電子レンジ、洗濯機などの家庭用電化製品、医療機器、工業用ロボット、車載電子機器、通信装置など多岐にわたります。これらの製品は、内部で電流や高周波信号を扱っており、使用時に電磁波を発したり、周囲からの電磁ノイズの影響を受けたりするため、EMCの適合性が重要視されます。

とくに近年では、IoT機器のように無線通信を行う製品が増加しており、通信品質や動作の安定性を確保するためにも、EMC試験が必要不可欠です。また、複数の電子機器が同じ空間で稼働することが一般的となっているため、相互干渉を防ぐ観点からもEMC適合は求められます。

一方で、電源を使わない機械部品や、通信機能を持たない単純な構造の製品など、電磁的影響のない機器は試験対象外とされることもあります。ただし、そうした例はごくわずかであり、実際の製品設計においては「EMC試験を前提とした対応」が必須と考えるべきでしょう。

開発段階での対応が重要な理由

EMC試験は製品の完成後に行うものですが、合格するためには開発の初期段階から意識して設計を進めることが不可欠です。なぜなら、EMCの適合性は単なる後付けの処置では対応しきれないケースが多く、部品配置や配線設計、シールド処理、筐体構造など、基礎設計の段階で結果がほぼ決まるからです。

たとえば、基板上のGND配置が不適切だったり、信号ラインの引き回しが長すぎたりすると、不要な輻射ノイズが発生しやすくなります。また、ノイズフィルタやフェライトコアを追加するにもスペースが必要なため、レイアウトに余裕を持たせる設計配慮も求められます。これらを完成後に修正しようとすると、基板の再設計や部品の再調達など多大なコストと時間を要することになりかねません。

さらに、EMC試験に落ちた場合、再試験や納期遅延といったリスクも生じます。とくに医療機器や車載機器のように、安全性が重視される分野では、EMC要件の厳格な遵守が義務づけられており、事前の対策がより重要となります。

こうした背景から、EMCを単なる試験として捉えるのではなく、「設計の前提条件」として組み込むことが、効率的かつ確実な製品開発の鍵となります。

EMC試験はどのように行う?

EMC試験は、専門の測定設備や環境の中で実施される、非常に精密かつ繊細な評価作業です。試験対象の製品が、国や業界の規格に適合しているかを確認するために、実機を使って再現性の高い条件下で行います。ここでは、EMC試験がどこで・どのように行われるのか、その環境や実施方法の概要を紹介します。

電波暗室やシールドルームの特徴

EMC試験は、外部からのノイズを遮断し、内部からの放射を正確に測定するため、特殊な環境で実施されます。代表的な試験場所には「電波暗室」と「シールドルーム」があります。

電波暗室とは、外部からの電磁波を遮断するだけでなく、室内の壁や天井に電波吸収材(フェライトタイルや電波吸収スポンジなど)を設置し、反射波の影響を抑えた構造を持つ施設です。これにより、正確な放射ノイズの測定が可能となります。放射エミッション試験や放射イミュニティ試験など、空間を通じたノイズ評価に適しています。内部は広さに応じて3m法・10m法などの距離で測定が行われ、規格に沿った設定が必要です。

一方、シールドルームは主に伝導エミッションやイミュニティ試験で使用される環境です。電磁波の出入りを防ぐ金属で囲まれた構造となっており、外部のノイズを完全に遮断できます。ただし、電波吸収材が設置されていない場合もあり、反射の影響を考慮する必要があります。

これらの施設は高価かつ専門性が高いため、自社で保有する企業もあれば、外部の認定試験機関を活用するケースも多く見られます。正確な評価を行うためには、適切な環境の選定が不可欠です。

外部試験所と社内試験の違い

EMC試験は、「外部試験所(認定機関)」と「社内試験(プレコンプライアンス)」の2つに大別されます。それぞれの役割や特長を理解することで、開発段階における効率的な試験戦略が立てられます。

外部試験所は、国際的な認証制度に対応した第三者機関です。CEマーキングやVCCI、FCCなどの各種規格に基づいた正式な試験・認証を行うため、製品を市場に出すための“最終関門”とも言えます。電波暗室や高性能の測定器を備えており、技術者の支援も受けられますが、費用と時間がかかる点には注意が必要です。試験予約が混み合うこともあるため、開発スケジュールとの調整が求められます。

一方で、社内試験(プレコンプライアンス試験)は、自社内で実施する簡易的なEMC評価です。あくまで事前の確認を目的としたもので、法的効力はありませんが、問題の早期発見や再設計の回避に大きく貢献します。近年では、小規模なシールドルームや測定器を社内に導入する企業も増えており、コスト効率や開発スピードの観点から注目されています。

最適な試験体制を築くには、開発の初期段階では社内試験を活用し、製品が完成に近づいた段階で外部機関による正式な評価を行うという流れが理想的です。両者を適切に使い分けることで、品質確保と効率的な市場投入が両立できます。

EMC試験に向けた準備と注意点

EMC試験をスムーズかつ確実に進めるためには、事前の準備が非常に重要です。試験そのものは短時間で終了することもありますが、必要な書類やデータ、試験対象の仕様などが不備であれば、再試験やスケジュールの遅延につながる恐れがあります。また、設計段階からノイズを意識した開発を行うことで、試験合格の確率が大きく高まります。ここでは、EMC試験前に準備すべき項目と、設計時に留意すべき点を解説します。

試験に必要な準備物とデータ

EMC試験を受ける際には、製品本体だけでなく、試験の効率と正確性を高めるための各種準備物や技術資料が求められます。まず最も基本となるのは、試験対象製品の完成品(または動作可能な試作機)です。製品は通常動作状態で測定されるため、電源や信号の接続ケーブル、外部機器など、実際の使用に近い構成での準備が必要です。

加えて、製品の仕様書、回路図、基板レイアウト図などの設計資料があると、試験中の解析や異常発生時の対応に役立ちます。とくに、ノイズ源と疑われる回路や部品の情報は、技術者が原因特定を行う際に不可欠です。また、マニュアルや操作手順書も試験者側にとって重要な参考資料となります。

さらに、ファームウェアや制御ソフトの安定性も確認しておくべきです。試験中に不具合が出ると評価が中断されることがあるため、事前に動作チェックを済ませておくことが望まれます。必要に応じて、ログ記録装置や外部モニター装置なども用意しておくと効果的です。

これらの準備が整っていれば、試験の進行がスムーズになり、再試験のリスクも最小限に抑えることができます。

設計段階で意識すべきノイズ対策

EMC試験に合格するためには、製品設計の段階から電磁ノイズを抑制する工夫を取り入れておくことが重要です。試験直前の対応では限界があり、設計の基本方針そのものにノイズ対策を組み込んでおくことが求められます。

まず基本となるのが、GNDプレーンの一体性と信号ラインの配置です。基板設計において、GNDが分断されていたり、信号ラインが長く引き回されていたりすると、不要輻射の原因になります。クロストークやループ面積にも注意を払い、高周波信号はできるだけ短く・直線的に配線することが効果的です。

また、デカップリングコンデンサやフェライトビーズの適切な配置もノイズ低減に有効です。電源ラインの近くに設置し、電源ノイズを即座に吸収できるように配置します。部品の選定段階で、ノイズ特性に優れた部品を採用することも有効です。

筐体やケーブルのシールド、外部インタフェース部のフィルタリングも重要です。とくに外部との接続部分はノイズの出入り口となるため、入念な対策が必要です。

EMC対応は特別な処理ではなくあたりまえの設計ルールとして早期に取り込むことで、試験時のトラブルや再設計のリスクを大幅に減らせます。開発初期から意識して取り組む姿勢が、試験合格と製品品質の両立に直結します。

まとめ

EMC試験は、電子機器が電磁環境の中で安全かつ安定して動作するために欠かせない評価プロセスです。試験は、ノイズの放射レベルを測るエミッション試験と、外部からの干渉に対する耐性を確認するイミュニティ試験に大別され、製品の種類や用途に応じて複数の試験が行われます。家庭用機器から産業機器、医療・車載分野に至るまで、その対象は非常に幅広く、市場投入にあたっては各国の法規制にも適合する必要があります。

EMC試験を円滑に進めるには、事前の資料準備や設計段階からのノイズ対策が不可欠です。社内でのプレ試験と外部試験をうまく使い分けることで、試験の効率化と品質確保の両立が図れます。EMCへの理解と計画的な対応こそが、製品の信頼性を高め、市場での競争力を築く大きな鍵となるでしょう。

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